地元に愛されすぎるチーム「FCカイザースラウテルン」

怒涛の勢いで紆余曲折するクラブチーム



今から2年ほど前、サッカーを見に行こうと夫に誘われた。聞けば、ブンデスリーガ3部(日本でいうところの「J3」にあたる)の試合を観に行きたいのだという。そういえば以前、元サッカー日本代表吉田麻也さんが「J2やJ3の待遇改善」を訴える記事を読んだことがあった。やはりJ1の選手にならないと給料面も含めて厳しいようで「プロって大変だな…」なんてしみじみ思ったものだった。

なのでカイザースラウテルンの試合も「3部だし、きっと観に行く人もいなくてチケット余って困ってるんだろう…応援の意味も込めて行ってみるか…」とかなり恩着せがましい感じで行くことに決めた。チケット代30ユーロが何かの役に立てばいいな、なんて考えていた。ちなみに私はサッカーのルールをほとんど知らない。

FCカイザースラウテルンの本拠地は「カイザースラウテルン」という街だ。人口は10万人ほどと大きくはないが、その割に米軍がかなり多く駐留しているのでアメリカ人向けの商店やレストランが多くある。大事故が起きた「ラムシュタイン空軍基地」がある街と聞けば、ピンとくる人もいるかもしれない。

試合会場の「フリッツ・ヴァルター・シュタディオン」に到着して驚いた。めちゃくちゃでかいスタジアムなのである。収容人数はなんと約五万人弱。日本でいうと味の素スタジアムくらいだろうか。超人気歌手がライブを行う広さだ。しかもこのスタジアム、FCカイザースラウテルンの本拠地だという。いや、君たち3部だよね!??と突っ込まずにはいられない。

なぜ3部チームなのに本拠地がこんなに豪華なのかというと、FCカイザースラウテルンは遠い昔ドイツを代表する「強いチーム」だったのだ。当時はもちろんブンデスリーガ1部に所属して、90年代にはリーグとDFBポカールで2回優勝している。その波に乗って2000年代初頭に約600億円の大改修を行いスタジアムは今の形になったのだが、完成した頃にチームは2部へ降格、そして私が試合を観に行った頃には3部にまで落ちていた。(経営もボロボロだったので膨れ上がった改修費用を国や州、市にも負担してもらい、スタジアムはチームの所有ではなくなる)そんな紆余曲折が激しすぎるチーム、それが「FCカイザースラウテルン」なのだ。

スタジアム内はサポーターで溢れかえっていた。しかもほぼ全員カイザースラウテルンのユニフォームを着ている。軽食や飲み物のお店もあるにはあるけれど、列が長すぎる。しかしみんなお行儀良く並んでいる。ドイツ人、並ぶの嫌いだったんじゃないのか…

とりあえずなんとか飲み物を手に入れて席に移動する。チケットは夫が手配してくれたのだが、値段は「1人当たり30ユーロくらい」と聞いていたので「3部の試合でその値段ならそこそこいい席なんじゃないか?」と思っていた。でも違った。全然違った。スタジアム一番上の一番端のエリア、つまりめちゃくちゃ悪い場所が私達の席だった。いい席は普通に200ユーロ(3万円ほど)くらいするらしいが、夫が買った頃にはここらへん以外全て売り切れていたのだという。

座席の背もたれに付いている番号を見ながら自分の席を探す。しかし、あれ、私の席がない…。夫の席までは見つかったが、その隣の私の席がない。近くにいた係員さんに聞いみる。係員さんはやる気がない感じで「知らない」と言った。知らないって……知ってて欲しかった…あなたそのためにここにいるんだから…。しかしこれぞドイツ、泣いても仕方ない。周りで騒いでた若者サポーターにも尋ねてみた。全員揃いのユニフォームを着て楽しそう。ひとりの若者が言うには「番号がないことはよくあるので空いてる席に座ればいい」とのことだった。(よくあるのか)

しかし空いてる席もない。アナウンスによれば会場は満員御礼、チケットは全て売り切れているらしい。「なんだこの規格外の3部チームは…」と思いながら、仕方なく夫の席の横にあったコンクリを固めたところに座ろうとしたが、夫は優しいので席を交換してくれた。(夫はお尻に爆弾を抱えているので非常に申し訳なかった)

席が最上階なのでスタジアムをよく見渡すことができるのは良い点だ。見渡す限り、多分90%以上がカイザースラウテルンのサポーター。つまり4万人近いサポーターがチームを応援している。これは多い。いくらホームとはいえ、小さく固まる相手方のサポーターが少し気の毒になった。(が、相手も「負けてられん」とばかりに大量のカラースモークを焚き始めてどんちゃん騒ぎを始めたので、気の毒さは大分減少した)

試合はすぐに始まるものかと思っていたが、全然始まらなかった。最初はお偉いさんの挨拶から始まり、ファンクラブの新規永久会員の表彰(ちょっとカルトっぽい雰囲気すらあった)、そしてなぜかアコースティックギターを抱えたおじいさんが登場し歌い始めた。曲調はカントリーとポップを混ぜたような、ドイツでよく聞く「シュラーガー」っぽい雰囲気。正直めちゃくちゃダサかった。しかしそのめちゃくちゃダサい歌を屈強なドイツ人4万人が大合唱するのだから、ある意味聞き応えがある。4万人は別に歌詞カードもないのに最後まで大声で歌い切る。みんな本気だ。

その後、司会者がカイザースラウテルン所属選手の名前を叫んで、ファンが苗字で返したり、私にはよく分からないコールアンドレスポンスや独特な掛け声が相次いだ。雰囲気は地下アイドルのライブ会場。ドイツ人老若男女4万人が送り出すオタ芸をこれでもかと堪能したのち、試合がスタートした。

そして試合結果は負けだった。というか3−0のボロ負けだった。サッカーをほぼ知らない私でもはっきり分かるくらいの負けっぷり。しかしそんなことより、私はここまで熱狂した大量のサポーター達が負けることによってどうなるのかが不安だった。みんな暴れるのではないか、そこら中で喧嘩が起こるのではないか…。

しかし、意外にもみんな普通に帰って行った。それもそのはず、会場にいるほとんどのサポーターはカイザースラウテルンファンなのだ。彼らがお互い喧嘩する理由もない。(相手チームのサポーターと出口も分かれてるようだ)そしてこのチームは1部から降格を重ねて3部にいるのだ。サポーターも負けることにとても慣れている。

うなだれるでもなく、怒るでもなく、みんな本当に普通に帰って行ったので逆に拍子抜けた。彼らは次に試合があればまた同じように集まってスタジアムを埋め、そして熱狂する。それなのにチームは結構な確率で負けるのだ。なんというかこのチームのサポーターが健気に見えてきた。そしてチームはめちゃくちゃ愛されてるんだなと思った。

スタジアムの横には念の為呼ばれていたパトカーが止まっていたが、みんな普通に帰って行くので警察官達はアイスを食べている。「ドイツだな〜」と思いながら私も帰宅した。


これが私の見たカイザースラウテルンなのだが、彼らはその後ブンデスリーガ2部に昇格し、なんと今年は「DFBポカール」で約30年ぶりの優勝まであと一歩のところまで迫っている。

決勝の相手は今季51戦無敗(だったが、一昨日アタランタに負けた)レバークーゼン。明日はポカール決勝なので絶対に見逃せない。決勝の会場はベルリンだ。カイザースラウテルンからベルリンまでアウトバーンを使っても8時間近くかかるので、サポーターもなかなか行けないだろうと思って公式ウェブサイトを確認したら「25,000人以上のFCカイザースラウテルンファンがベルリンに遠征」する旨が記載されていた。すごい。25,000人って東京都立川市の人口に等しい。立川市住民が全員で大興奮しながら8時間離れた場所に大移動して渾身のオタ芸を披露するのである。狂気だ。

「すごいバイタリティだね」と夫に言うと、亡くなった私の義父も前回1996年の決勝でバスをチャーターしてベルリンに行ったらしい。あの大人しかった義父も大興奮でオタ芸をしてたのだろうか。ちょっと見てみたい気がする。義父の分も今回の決勝は楽しんで応援したいので、今から頑張ってルール覚えます。

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